その時店のドアが開いた。

バタンッ


と音を立てて戸が閉まる音がしたが、グラスをただ見つめていた。


コツコツコツ・・・・

私のすぐそばで足音が止まり

「マスター、イエガーボムね。」

そう言って男の客は私の横に座ったようだ。



ぼんやりとしていると


「あっ、さっきのおねーさん。」

そう言って話しかけてきた。


思わず顔を上げるとさっきぶつかった人だ。


「あ、さっきの」

私がそう言うと彼は言った。


「おねーさん、いい声」

返答に困って黙り込むと、マスターがイエガーボムなる飲み物を男に渡した。


グラスに入ったレンガ色のお酒にレッドブルを割って飲んでいる変な男。
私と大して変わらない年だろう。

さらさらの金髪に、人形のような瞳。
ハーフだろうか。
とても昼の堅い仕事の人間には思えない風貌だ。

「おねーさん、暗い顔してるね。」

そう言ってその男はグラスの氷を口にほおばって噛み砕いている。

「びっくりしたでしょう。でも大丈夫、こう見えてちゃんとした人だから。」

マスターが間に入る。

「いえ」

私は愛想笑いをして頬をゆるめようとしたが、出てきたのは笑顔ではなく涙だった。


マスターは困ったような顔をしているし、早くこの涙を止めてしまわないとと思った。
だけどあとから溢れてくる。

私の泣き顔を男は黙って見つめながら言った。


「マスターお勘定」


カウンターの上に福沢諭吉を置いた瞬間、私の手を引いて走り出した。