異風人

「おじさん!ちょっと帽子貸してよ。いいわね!これまでにないスタイルだわね。アーチストに盗まれそうだわ!」
 会話はとめどなく続いた。そこには、コズエの姿は見当たらなかった。時間は何時しか、終電車の一つ手前までになっていた。まだ、若者の帰る気配はない。吉平は、コズエを発見できなかった失望と、始めて接した言うに言われぬ戸惑いとが入り混じった気持ちで、帰宅したのである。
 小夜は、ご主人様が帰るまで起きていた。吉平は、「お帰りなさいませ」という小夜の言葉を上の空で聞いていた。生気を失って視点の定まらないうつろな吉平の目は、何処を向いているのか見当がつかない。その目を維持したまま、吉平は、弱々しく、帽子とステッキを小夜に渡したのである。そして吉平は、一言も喋らずに、風に吹かれた紙屑のようにふわりふわりと、寝室に入っていった。普通の者であれば、吉平の変わりように気がつき、いたわる言葉をかけるのであるが、小夜は、密かに微笑んだだけでそれ以上のことは何もしなかったのである。