異風人

「解りました」と言って、店員は姿を消す。山高帽子とステッキを奪われたその様は、未完成な彫像のように、どことなく、ちぐはぐで、腑抜けた感じである。異様な光は、多少和らいではいるが、滑稽さが残った。奥まって、孤立したところからは、そのような入り混じった光が漂っていた。店員の全員がちらちらと覗き見るその先に、この光があったからである。店員が、次に姿を現わすまでに、相当の時間がかかった。ワインの銘柄を決めるにしては、ちと時間がかかり過ぎている。多分、吉平の銘柄を決め兼ねているのであろう。暫くして、店員は、疑問と笑いを打ち消して、平静を装いながら姿を現したのである。そして、ワインの銘柄を吉平に示した。
「これでよい」と、吉平は、応える。
「料理は何にしますか?」と言われて、吉平は又困った。
「よきに計らいましょうか?」と、店員は、多少の要領を得たようである。
「そうしてくれ」
 吉平は、改まって、威厳を秘めて背筋を伸ばし、姿勢を正して、グラスワインを飲みながら、野菜炒めと、秋刀魚の塩焼きを食べる。ワインと秋刀魚の塩焼きは、ユーモアを交えた店員の計らいであろうか?この組み合わせは、滑稽さを一段と引き立たせる効果がある。隣席は、遠くに霞んで見える。従って民の視線は、無である。笑顔を振舞っても、隣席には届かない。孤独なその姿には、どことなく哀愁が漂って見える。吉平は、店員と接触したことで、今日のところはよしとした。吉平は、この糸口を失うまいと、その店に通ったのである。そして吉平は、小夜の言うように、気長にせねばならぬと、自分に言い聞かせたのである。