異風人

ここに到達した刹那、吉平の心奥は、剃刀の刃先のように澄み切っていたのである。不思議と、吉平の心奥からは、大学教授、威厳、名誉、地位も全て消え去っていた。吉平は、山高帽子、燕尾服それにステッキを捨て去った裸の自分が居ることを体感したのである。
そして、鬱憤に満ちた心の葛藤は、一陣の風に吹かれた霞みのように消えていたのである。これまで覆い被さっていた大きな錘が取り払われ、永年こびりついていた全ての垢を洗い流したかのような、清らかな自分がそこにあった。そして吉平は、次第に、静まり返った深い淵の底に自分が居ることを体感したのである。その世界は、暗闇ではなく、体感した者のみが知り得る、人に決して伝えることができない静寂の世界であった。この世界には、吉平の持病とでも言うべき論理と言う概念がないことを体感したのである。