「誰!?」
高い声で警戒した様子の氷室君。咄嗟に校舎の影に隠れたが、ピリピリとした視線が注がれているのが判る。

ああ、私の馬鹿…
何で声あげちゃうのよ…

頭を抱えずに居られない。名前を上げたと言う事は、少なからず同じクラスか学年と言う事はバレた筈…
(どーしよー…)

別に悪い事をしたわけじゃない。だけど、思わず隠れてしまった事が、氷室君の歌を立ち聞きしてしまった事が凄く…後ろめたくて………

「…誰…」

先程とは別人のような…少し低めの声が聞こえる。
やだ…氷室君絶対に怒ってるよォ…

泣きたくなりながら、胸中で親友の名を呼んでみるが、それも無駄な事。肝心のその親友は今、体育館に居るのだから。

サクサクサク…

芝を踏み締める音が段々大きくなって行く…

誰の足音かなんて聞かなくたって一目瞭然だ。

(と、朋代ーっ!!)

助けてぇと胸中で叫び続ける私の頭の中は完全にパニックだ。

逃げたいのは山々だが、今この場を離れたら、確実に後ろ姿を見られてしまう。

…もしそれが私だとバレたら…
(嫌われる…!!)

好かれちゃ居ないだろうし、氷室君が私の顔と名前も覚えてるかどうかも微妙だけどっ

でも、「立ち聞きなんて趣味悪い、嫌な女。」なんて思われたくない…
そんな風に思われたら私……――

(……あれ?)
思われたら、どうなっちゃうの私?

…今…何か…違う言葉が浮かんできたような…?

ううん?
…なんて呑気に唸った私に影が落ちる。
私よりずっと大きな影――…

「…へ?」

顔を上げるとそこには……無表情なのに何処か不機嫌そうに眉間にしわを寄せた氷室君が私を見下ろして居た。

……う、わ……

何か…ヤバい?

「……あ「ごめんなさいっ」」

氷室君が言葉を続けるより先に、口早に謝罪を述べる。
ガバリと頭を下げると、地面と、氷室君の足と自分の足しか視界に入らない。
「わ、私っ…その…迷っちゃって気付いたら中庭で、えと…声、歌声…聞こえた、から…きれいな声だった、し……あの、立ち聞きしちゃってごめんなさい」

途切れ途切れに謝る。どうかこの言葉が氷室君に伝わっていますように…