両目の涙を拭ったあと、再び前方へと視線を戻す社長。


精悍な横顔を未だにボヤけさせる、視界の濁り。




「っ…、しゃ・・・」


呼び掛けようとした時、信号が青へと変わる。


言葉に詰まった私は、所在無げに視線を落とすと。


その拍子に、ポツリと雫が滴っていく。



「っ・・・」


堪えなきゃ…、ダメなのに・・・


耐えようとすればするほど、叶わない――




すると隣から、呆れたような溜め息が聞こえた。




「いいか、蘭・・・

オマエは俺の秘書である以上、如何なる時であろうが。

愁然感情など、表に出す事など許されないんだ。

それでも、泣きながら会社へ向かうのか――?」


「っ――!」


諭す様は泰然として、トップの風格を漂わせた。


泣くだけの為体(ていたらく)な私は、浅薄に思える。




「どうなんだ――?」


「ッ…、いえっ・・・

申し訳…ございませんっ――」


頭を振ると、ハンカチを取り出して涙を拭った。



そう…、私は社長秘書なのだから――