「━━━あなたも、あたしを置いていくのね」

 空間に溶けた呟きに、僕は驚く。
 気付いていたのか。
 そう思ってから、自分の鼓動が早まっていくのを実感した。
 
「ごめんね。あたし、あなたのために泣いてあげられないみたい。━━涙なんて、もうずっと昔に枯れ果てちゃったから」

 そう言ってこちらに向けられた彼女の笑みは、泣き顔にしか見えなかった。
 ああ、ごめんなさい。僕はただただ謝った。
 僕は彼女を笑わせるために存在したはずなのに。彼女を笑わせたいという強い願いを持って生み出されたはずなのに。

「うそつき」

 それはきっと、僕に向けられた言葉ではなく。
 ずっとずっと昔、彼女が愛した彼への言葉。

「うそつき、大嫌い」

 なんて残酷なのだろう。僕は世界を恨んだ。彼女を置いていった彼を恨んだ。彼女を置いていかなければならない自分を恨んだ。
 僕の中の時は、どんどんどんどん早まっていく。
 だけれど、この世界の時は今まで同様緩やかに進み続けるのだ。

「うそ━━つき、大嫌い」

 それはきっと、僕に向けられた言葉ではなく。
 ずっとずっと昔、彼女が愛した若い時計職人への言葉。

「うそ━━」