誰もが一度は望むもの。それを彼女は持っていた。

「ねぇ、退屈だわ。何か話して」

 彼女は床にだらしなく寝そべり、気だるそうに要求してくる。
 無理なことを言うな、と僕は思った。
 うんともすんとも言わず、ただ黙々と働き続ける僕を、彼女はじっと見つめてくる。その瞳も床に広がるしなやかな髪も、薄いピンクのワンピースをまとった白い肢体も、眩しいほどに輝いていた。
 だけど、美しい顔に浮かべるその表情だけは暗い陰を帯びていて、僕の心にもまた、影を落とす。

「どうしてかしらね━━」

 くるんとゆっくり、半回転。彼女は無機質な部屋の天井を仰ぎ見た。

「誰もが望むものを手に入れて、誰よりも幸せになれるはずだったのに━━」

 そう言って彼女が天に伸ばした手は、当然何も掴めはしない。
 どこに伸ばそうと、それは同じことだった。だって、ここには何もありはしないから。かつてはきらびやかな調度品で満ち、多くの人々が暮らしていたこの場所に、今は僕と彼女しかいない。
 もうずっと長い間、そうだった。