男は黙って歩いていく。一定の距離を保ってついていく。

赤信号で立ち止まり、横に並ぶ。

「あの…私、橘桜香(たちばなおうか)っていいます。名前聞いてもいいですか?」

「俺は渡部俊…変なこと聞くけど、お姉さんとか居る?…いや居た??」

「お姉ちゃん?私、1人っ子です。」

「…そっか。そうだよな」
そうだ。そんなわけない。自分に言い聞かせる。

信号が青になり、また歩きだす。
今度は並んで歩く。

「あの…どうしてそんなこと聞くんですか?」

「なんとなく聞いただけだよ。気にしないで。それと敬語使わなくていいよ。うちはこのマンションだから。」
俊はそう言いながら5階建ての小綺麗なマンションに入っていく。

「わぁ~、案外綺麗なマンションに住んでるんだ~」

「どういう意味だよ」と俊は少し笑いながら言った。

意外に優しい瞳をしてるんだ

「あっ、いや、別にそういう意味じゃ」

「別にどうでもいいけど」

エレベーターに乗り込み俊は5階のボタンを押す。
狭いエレベーターなので自然と距離が近くなる。

俊は香水の香りがした。どこかで匂ったことのある香水の香りだった。