うーん、俺が大変なことになったから、いろいろとすることが増えたのかな?

そう思いながら、医者を見送る俺と女性。

部屋には二人だけ……二人きり……二人……うん?


「ちょ、ちょ、ちょっと、あんた誰だよ?」

「あたし? 千羽 凛(せんば りん)。希京高校二年生……何をそんなに焦っているの?」

大きな瞳に見つめられ、どぎまぎしてしまう。澄んだその優しい声は、柔らかく部屋に充満し、癒しさえ覚える……言い過ぎかな。とにかく、綺麗な声。


なぜか……どこかで会ったような気がする。おかしいな、俺は記憶を失ってるはずなんだが。

「どこかで俺と会ったことある?」

「え? あたしはあなたと初対面だけど」

「そっか……まあいいや。ところで千羽さん。なぜ君は俺に謝るんだ?」

「ホントに何も覚えてないの?」

「なーんにも」

「自分の名前は?」

「エルキュール・ポアロ」

「……いつもならそのノリにノってあげたいけど、今は冗談なし。受け付けないよ?」

いつもならノってくれるのか。

いやいや、そんなことはどうでもいい。

俺は昔もこんなノリだったのだろうか?
記憶が失われて、人格が変わったりすることはあるのだろうか?

成り行きで会話してたら、ついつい面白くない冗談を口にしてしまった。


気を取り直し、医者によると一時的な記憶喪失だということを、今度は冗談抜きで千羽さんに伝えた。