--- 5-3 ---
つまり話しはこうなのだ。
上着のような、
「基準」の商品はいつも、
無色透明の「労働」をあらわす働きをしている。
それだけでなくいつも、
なにか「役に立った労働」から作られている。
だから「役に立った労働」が、
無色透明のただの「労働」をあらわしている。
上着は、
無色透明のただの「労働」をつめこんだ固まりになる。
そして上着は、
ひとが「縫いあわせ」て作っている。
だから「縫いあわせ」は、
ただの「労働」の例になる。
上着は言う。
自分は「縫いあわせ」から作られた。
だから自分は「労働」から作られた。
「縫いあわせ」が役に立っているのは、
べつに、
「馬子にも衣装」を着させられるから、
ではない。
「労働」の固まりを作るからだ。
ひとがそれを指差して、
「価値だ!」
と言うようなものを作るからだ。
布の価値を作る労働と同じような、
そんな労働から作られた。
「織りあげ」と同じように、
「縫いあわせ」は価値を作る。
「縫いあわせ」は、
同じように価値を作って、
上着を作った。
そんなふうに、
ひとが思ってしまう。
同じような価値ができたと思ってしまう。
だから「縫いあわせ」は役に立つ。
つまり話しはこうなのだ。
上着のような、
「基準」の商品はいつも、
無色透明の「労働」をあらわす働きをしている。
それだけでなくいつも、
なにか「役に立った労働」から作られている。
だから「役に立った労働」が、
無色透明のただの「労働」をあらわしている。
上着は、
無色透明のただの「労働」をつめこんだ固まりになる。
そして上着は、
ひとが「縫いあわせ」て作っている。
だから「縫いあわせ」は、
ただの「労働」の例になる。
上着は言う。
自分は「縫いあわせ」から作られた。
だから自分は「労働」から作られた。
「縫いあわせ」が役に立っているのは、
べつに、
「馬子にも衣装」を着させられるから、
ではない。
「労働」の固まりを作るからだ。
ひとがそれを指差して、
「価値だ!」
と言うようなものを作るからだ。
布の価値を作る労働と同じような、
そんな労働から作られた。
「織りあげ」と同じように、
「縫いあわせ」は価値を作る。
「縫いあわせ」は、
同じように価値を作って、
上着を作った。
そんなふうに、
ひとが思ってしまう。
同じような価値ができたと思ってしまう。
だから「縫いあわせ」は役に立つ。


