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ただし上着が「基準」のときは、
自分の価値の大きさは見えなくされている。
「自分にはいくらかの大きさの価値があります」と、
それだけしか言っていない。
たとえば、
4mの布は「上着2着分だ」と言うことで、
自分の価値の大きさを言うことができる。
このとき上着という「使う価値」が、
布の、
無色透明のただの「価値」を、
あらわしている。
そして、
「それではその上着の価値の大きさは」と聞かれたら、
答えられない。
そういうことだ。
上着の価値の大きさは、
見えない。
「とにかく いくらかの大きさはある」と、
それしか言えない。
それなので多くのひとは、
量がふたつのあいだでどうなっているか、
それしか考えないようになってしまった。
しかし、
上着は自分の価値の大きさを「何も言っていない」。
ただし上着が「基準」のときは、
自分の価値の大きさは見えなくされている。
「自分にはいくらかの大きさの価値があります」と、
それだけしか言っていない。
たとえば、
4mの布は「上着2着分だ」と言うことで、
自分の価値の大きさを言うことができる。
このとき上着という「使う価値」が、
布の、
無色透明のただの「価値」を、
あらわしている。
そして、
「それではその上着の価値の大きさは」と聞かれたら、
答えられない。
そういうことだ。
上着の価値の大きさは、
見えない。
「とにかく いくらかの大きさはある」と、
それしか言えない。
それなので多くのひとは、
量がふたつのあいだでどうなっているか、
それしか考えないようになってしまった。
しかし、
上着は自分の価値の大きさを「何も言っていない」。


