--- 1-3 ---
布職人は、
布を売って聖書を買っても、
またそのあとで布を売れば、
男の手もとに、
おかねが帰ってくるだろう。
しかしこのおかねは、
1本目の布とは、
関係がない。
1本目の布は流れていって、
そのせいでおかねは、
男の手から聖書売りの手のなかへ、
のがれ去っていったのだ。
同じような商品の流れを、
あらためてもう一度くりかえすと、
おかねは手もとに戻ってくる。
しかしそれは、
新しく流した商品のかわりなのだ。
だから、
この商品も流しきってしまったら、
前の商品と同じように、
やはりのがれ去ってしまうだろう。
だから、
おかねは、
つねに遠ざかる。
商品を流すと、
おかねは運動をはじめるが、
それはいつも、
スタートから遠ざかる。
これが、
おかねの「行く道」だ。
ひとりの商品の持ち主から、
べつの持ち主のもとへと向かう、
道なのだ。
これがおかねの受け渡し、
流れていくさまだ。
布職人は、
布を売って聖書を買っても、
またそのあとで布を売れば、
男の手もとに、
おかねが帰ってくるだろう。
しかしこのおかねは、
1本目の布とは、
関係がない。
1本目の布は流れていって、
そのせいでおかねは、
男の手から聖書売りの手のなかへ、
のがれ去っていったのだ。
同じような商品の流れを、
あらためてもう一度くりかえすと、
おかねは手もとに戻ってくる。
しかしそれは、
新しく流した商品のかわりなのだ。
だから、
この商品も流しきってしまったら、
前の商品と同じように、
やはりのがれ去ってしまうだろう。
だから、
おかねは、
つねに遠ざかる。
商品を流すと、
おかねは運動をはじめるが、
それはいつも、
スタートから遠ざかる。
これが、
おかねの「行く道」だ。
ひとりの商品の持ち主から、
べつの持ち主のもとへと向かう、
道なのだ。
これがおかねの受け渡し、
流れていくさまだ。


