彼は同じクラスの柳君に嫌われている。理由はよく分からないが、確実に嫌われている。そうでなければ柳君があんな事をする訳がない…。

彼の学校では、年に一度、百人一首大会が開かれる。クラス対抗戦なので、一人一人が一枚でも多くの歌を覚えて、クラス一丸となって戦わなければ優勝はできない。そのため、熱心な先生(とかく国語の先生)が担任だと、しち面倒臭いことになる。幸い彼のクラスの担任は『世界に一つだけの花』の影響をもろに受けている、音楽の先生だったので助かった。
「勝ち負けじゃない。一人一枚取れれば十分だ。」そう言って先生は、100首の中から、あまり知られていないような(マイナーな)30首を選び、30人の生徒に一枚ずつ配った。それさえ覚えれば、最低でも一枚は取れるという訳だ。
「見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず」
彼は「殷富門院大輔って誰…。」と思いながらも、この歌を何度も何度も復唱して覚えた。

そして、大会当日。
六人一組(1クラス2人×3クラス)に分かれて試合が始まると、程なくして、彼は殷富門院大輔の居場所を突き止めた。
大輔は目の前にいた。目の前にどっかりと腰を下ろしていた。
準備はできていた。いつ来ても取れる自信があった。誰よりも早く取れる自信があった。彼の目にはもう大輔しか映っていなかった。
そして……
「見せばやな~」
来た。とうとう来た。待ちに待った大輔がやって来た。
「見せ場やで~!」
そう言って彼は勢いよく大輔に手を伸ばした。
しかし……
彼の手の下には手があった。あろうことか、柳君の手があった。そう。彼は柳君に大輔を取られたのである。ずっと温めておいた大輔を、唾を付けておいた大輔を、同じクラスの柳君に盗まれたのである。


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