謎多き男。
中学生時代は成績優秀であったこと、並びに、その風貌がバイオリニストそっくりであったことから『ハカセ』と呼ばれていた。この男を語る上で避けては通れないのが、中2の秋口に起きた『タバコ事件』である。
概要はこうだ。
昼休みに何者かがトイレでタバコを吸った。
そのトイレの真正面に彼のクラス(2年C組)の教室があった。
よって、必然的に疑いの目が向けられた。
そして、5時限目の授業が始まるやいなや、担任の瓦先生(通称:鬼瓦)が「全員、机の上にカバンを置け~!」と怒鳴り散らし、抜き打ちの持ち物検査が行われたのだ。
鬼瓦が端から順に調べていくと、真ん中の席にいたハカセは、何やら落ち着かない様子でモジモジしだした。順番が近づくにつれ、そのモジモジ(震え)は更に凄みを増し、ハカセの周辺は軽い地震みたいになった。クラスのみんなは「嘘だろ?あの(優等生の)ハカセが?」といった感じで、明らかに挙動不審なハカセを(少しばかりの期待を抱きつつ)見守っていた。
そして、とうとうハカセの順番がやってきた。汗びっしょりのハカセ。もはや誰もが彼の犯行を確信していた。無論、鬼瓦もその一人である。
鬼瓦はワクワク感丸出しの、一教師、ひいては一人間としてあるまじき顔をして、ハカセのカバンを勢いよくひっくり返した。その刹那である。
「ゴロンゴロンッ!」
ドアノブが落ちてきた。
「え~~!?」
一同驚愕の事態である。
完全に意表を突かれた形の鬼瓦は「良し!」と、訳の分からん言葉を発し、間髪入れずに「だと思った!」と、これまた意味の分からんたわごとを言った。
何故にドアノブか?何処のドアノブか?謎は深まるばかりである。しかしながら、彼はこの件に関して一切口を開こうとしない。以後、黙秘権を行使し続けた。そしてそのまま、翌年の春に転校していった。『タバコ事件』改め『ドアノブ事件』は永遠の謎となったのである。
この事件は時を越え、今ではこの学校の七不思議の一つとまでなった。
現在、岸京一及びドアノブの行方は誰も知らない。らしき人物の目撃情報もほとんど寄せられていない。

PS
一度、渋谷のドン・キホーテでの目撃談がネット上を駆け巡ったが、おそらくは葉加瀬太郎本人、もしくは葉加似瀬太郎だろう。今時ソバージュは彼らくらいなもんだ。