「本当に約束するからさ。マスターにだって悪いだろ。
千織(ちおり)ちゃん身重なのにずっと店でてるみたいだし」

「え?何で知ってるの?」

 へッヘと、得意げに笑う。

「幽霊ってこういう時、ちょっと便利でさ。
行きたいところにいつでもどこでも一瞬で行って帰ってこれるんだ。すごいと思わない?」

どうやらワープしたらしい。ドラえもんじゃあるまいし。

「安定期とはいえ、ちょっと辛そうだったぞ、千織ちゃん」

千織は私の親友でもあり、
私が高校卒業以来ずっと努めている喫茶店のマスターの奥さんでもある。
っていうか、私のおかげで二人は結ばれたのだけど。

結婚してすぐ千織は妊娠し、もう7ヶ月に入っている。

ふたまわりも年上のマスターは、千織をとてもかわいがり、
同じように(とまではいかなくても)私にもとても親切にしてくれる。
だから、一週間も無断欠勤しても何も言わずに見守ってくれたりもする。

だから胸がいたい。

携帯には何度か千織からメールがきていたけれど、
私は一度も開いていない。
返信しない私を気遣って、メールもこなくなった。
かわりに一日中働きながら。

「わかったよ」

そう言ったそばから、不安と恐怖がつきあげてくる。

あの時見た人形のようなタクの顔が、
フラッシュバックのように鮮明にうかんで離れない。

「タク」

「約束するよ。ぜったい何処にも行かない」

今度は笑っていなかった。

「うん」

そう言うしかなかった。

うなずくしかなかった。

空が、少し赤かった。