「おお、尾上くん!」

興奮冷めやらぬ状態でいた俺の背後に、竹下医師の声が飛んできた。
俺は、予想外の呼び掛けに一瞬驚き、現実世界へ引き戻された。

「カルテ、ありがとう。ちょっと席をはずしていた間に持ってきてくれてたんだね。すまなかったね。」

竹下医師は、本当に申し訳なさそうに、はにかみながら、白髪混じりの髪の毛を右手でしんなりとなでながらいった。

「あ、いえいえ、あそこにおいていいものか、迷ったんですけれども……。」

まだ、興奮しているのか、穏やかに話しているつもりなのに、俺から発せられる言葉は微かに震えを伴って音となった。

「ああ、あそこで良かったよ、ありがとう。」

竹下医師はよりいっそう優しい微笑を顔にたたえていった。

「あのー……」
俺は一瞬躊躇いつつも、思ったことを言葉にしようと、音が口をついて発せられた。

「助手の看護師……とかは……整形外科には今年は新しく入ってこないんですか……ね??」

微笑をたたえたままの竹下医師のその表情が壊れることなくそのまま続いてくれることを願いつつ、恐る恐る口にした。

「ああ!新しい助手さんねぇ!んー……そうだねえ、何人かは入ってきてくれたみたいだが、我々のチームには編成されてないようだね。メンバーは去年と同じみたいだしね。……そうだ!そろそろ君にも直属の助手も必要だよねえ。僕の助手をさせてるだけでなく、君が手術を執刀の主になることもあるだろうしね!」

そういって、竹下医師は、手をパン、とあわせて軽くならした。

「僕がどこかの部署にきいてみようか?掛け合ってみる??整形外科は今年は特に人不足なことは事実だし。」

軽くならした手を、白衣のポケットに突っ込みながら言った。

「あ、あの、僕が手配するっ……てことも出来たりするんですか、ね??」

俺は、顔がひきつっているのを自覚しつつも、ダメもとでそんなことを口走っていた。
こんなにも俺を突き動かす原動力は一体なんなのか。本当に驚くほどの力だ。
自分のことなのに自分で感動した。