――どうして、どうして。
息が切れて胸が痛い。女はとうとう、道に倒れ臥してしまった。近くを、ちろちろと、清水が湧いて流れている。とめどなく流れる涙のような清水だ。
もう追いつかない。動くこともできない。何とか身を起こし、鋭い草で指を傷つけた。
――清水は涙ではなく、血か。清水は枯れないのに。
女は指先から流れる血を見ながら、静かに笑った。その指を岩に当て、動かしていく。
あひ思はで離れぬる人をとどめかね
わが身は今ぞ消え果てぬめる
――私ばかりが、あなた様を想っていたのですね。さようなら。
そう、何も悩むことなどなかったのだ。自分は想われていなかった、ただそれだけのこと。今宵訪ねてきたのもただの気まぐれ。あの言葉も、あの日々も幻。
*
夜が明けて、女の家の者は変わり果てた姿の女を見つけた。岩に書き付けられた辞世の歌に気付くことなく、静かにその体を運び、田舎びた屋敷へと戻っていった。
(了)



