「あ…」
玄関のドアを開けると、ばったり出くわした隣の部屋の人…
彼との出逢いは、そんな些細な出来事だった。
「こんにちは」
…彼の優しい声が、いつまでも耳に残っている。
彼はお隣さんだった。
顔を合わせたのは初めてじゃなかったけど、言葉を交わしたのはこの時が初めてだった。
低く、静かで、
それなのに…よく耳に届く声だった。
「買い物…?」
「はい。夕食の」
そう答えると、彼は静かに口を開いた。
「…雨」
「え?」
「雨が降るよ、傘持って行ったほうがいい 」
それだけ口にすると、
彼はまっすぐにこの部屋の前を通り過ぎて、自分の部屋のなかに入って行った…。
「…雨?」
彼に言われて、私は空を見上げた。
まっさらな晴天。
雨が降るなんて思えない空だった…。
「へんな人…」
思わずそう零してまう。
そして
雨が降るという言葉も忘れて、私はそのまま歩き出した…