…春休みのある日

母が私の前髪を見て唐突に口を開いた。




「 夏海、あんた前髪伸びたわね…

どれ、切ってあげるからハサミ持って来な。」



「 やだ。

お母さんが切ると変になるじゃん。」


母の言葉に私はすぐに首を振った。

中学の頃、母に前髪を短く切られて恥ずかしい思いをしたのは今でも私のトラウマだ…


そんな私に、母は容赦なく叱りつけてきた。



「 ばか、なに言ってんの。

伸ばしっぱなしの方がみっともないでしょ。」


「 え〜、じゃあ美容院行くからお金ちょうだい。」


「 ばかっ!!

前髪ごときで贅沢言うんじゃないの!!」


言いながら頭をバシッと叩かれた。手加減なしだからかなり痛い……

鈍く痛む頭をさする私をよそに、目の前の母はなにか思いついたように声を上げた。




「 あ!そうだ、佐伯君が居るじゃない。彼に切ってもらいなさいよ。」


「 はぁっ!?そんなこと頼めるわけないじゃん!!」



名案だと言わんばかりに目を輝かせる母に、私は慌てて首を振った。


204号室の佐伯さんは美容師志望のかっこいいお兄さん。

かっこよすぎて挨拶を交わすだけでさえ緊張するのに、髪を切ってもらうなんて恐れ多くて頼めるわけがない…





「 大丈夫よ。如月君なんて、しょっちゅう切ってもらいに行ってるらしいわよ?」


「 あの人はただお金がないだけじゃん!!」




…そんな私のツッコミも虚しく、


母に言いくるめられた私は、恐れ多くも佐伯さんの部屋を訪ねることとなったのだった……