「賞とったからって調子づくなや、阿呆。この世界は厳しいねん。精進しぃ」
そして優しい瞳を細めて、
自分を見上げる櫂に笑いかけた。
厳しいことを言いながらも、それは確かな『母親』の顔だった。
私は考える。
櫂のお父さんがいなくなって、悲しかったのは蔦さんもおなじ。
だけど、仕事をがんばらなきゃいけない。
でもそれだから、小さいころの櫂の元気をなくしたのは自分だと思っていたはずだ。
だから。
だから、櫂が自分と同じ世界に来てくれたことが嬉しいのかな。
たぶんきっと、そう。
蔦さんが私のほうをむいた。
ふわっと笑う。
「……おおきに」
ひとことだけ告げて、背をむけて去っていく。
何に対しての『ありがとう』かはわからないけど、嬉しかった。
(……私もあんな女のひとになりたいな)
蔦さんの背筋の伸びた後ろ姿を見て、そう思った。


