「随分とはやかったね」

 呼び鈴を鳴らす直前。後ろから声が聞こえた。


 俺は見知らぬ黒猫をつれゆっくりゆっくり歩いていた。

 そこに行かなければならないという思いと、行きたくないという思いとでぐちゃぐちゃになった心を整理するため。

 今からあいつに会う。もうそれだけで目眩がするほど嫌だ。

 だから、これから会いに行くなんて言ってない。それ以前に、連絡先すら知らない。

 夏祭りの時は賑やかだったこの道も、この時期になれば人気も減り、あの賑わいはなんだったのかと思う。

 その道のちょうど半分ほどで脚を止めた。

 これでいいのか、と自問自答するために。これで合ってると自分に自信を持たせるために。

 不意に止まった所為なのか、不思議に思ったらしい黒猫は「みゃー」と泣きながら体を擦りつける。

 こいつの名前考えてやるか。

 どこからそんな余裕が出てきたのか分からなかった。でも、考えずにはいられなかった。

 こいつの名前を決めたところで再び歩き始めた。歩き始めてすぐ、また脚を止めた。

 一つ、深呼吸をして人差し指に力を入れた時、

「随分とはやかったね」

 後ろから声が飛んできた。

「やっぱり祥也は頭の回転がいいんだね」

 右手を握り締めて振り返れば、薄ら笑みを浮かべた加賀美敦司がいた。