「急げよ。
少し時間稼いどいてあげるからさ」
まったく聞き覚えがなかったわけじゃない。
でも記憶は虚ろで、声の主が誰だかわからないまま。
走れ、という合図と同時に無我夢中で駆け抜けた。
「あ、てめぇ待て!」
「なに逃がしてんだよバカ。
どっちに逃げた?」
「左だぁぁあ!」
叫び声を背中に、突き進むのは薄暗い森の中。
この先が海?
いまいち信用性薄いなぁ。
本当にたどり着けるの?
不安は募るけど、残念なことに今ある情報はこれしかない。
誰なのか思い出せないけど、助けてくれたんだからきっと知り合いで………
「あ、」
木の枝の隙間を抜けると、本当にあった。
いつの間にか天に浮かんだ月の光を映し出す、大きな鏡。
「……海だ」
引き寄せられるように、あたしは浜辺へと足を踏み入れた。


