黒の長袖シャツ。

黒いジーンズ。

黒い短髪に黒い瞳。

全身黒ずくめ。

しかしその外見は、いたって普通の青年だった。

年齢にして私より一つか二つ年上。

その気配にも、その表情にも、殺意も敵意も感じられない。

…彼は両手をジーンズのポケットに突っ込んだまま、穏やかな視線をこちらに向ける。

「怪しいわね、貴方…」

私は油断なく青年を見た。

敵意も殺意もない。

穏やかな視線のまま。

それが何より怪しかった。

儚が私に足蹴にされ、今にも頭を踏み潰されようとしている。

この光景を見て、『穏やかな視線を向けている』。

闘争に縁のない人間ならば、この光景を見るだけで戦慄し、動揺する筈だ。

ここで動揺しないという事は即ち、こんな修羅場に慣れ親しんでいるという事に他ならなかった。