なのに。

「……」

何故こんな時になって、背中が痛むのだろう。

…それは、腕や足に比べれば取るに足りない傷。

この野須平家に訪れる前、亜吸血種の塒での闘争の際に背中に受けた傷。

傷といっても、もうほぼ完全に再生を終えている。

そしてその傷は、儚が気まぐれにハンカチを当ててくれた、あの傷だった…。

そう、気まぐれ。

儚にとっては他意はなかったのかもしれない。

でも彼女は、狗でしかない私に『優しさ』を見せてくれた。

盾であり、矛であり、道具でしかない狗の私の傷を気遣ってくれた。

こんな殺伐とした闇の世界の中で、己の『エゴ』の為にしか生きられない亜吸血種。

そんな連中にとって、『エゴ』を満たす足しにもならない優しさ。

そんな石ころ同然の価値しかないものが、私にとっては何よりもキラキラ輝く宝石に思えた。

「……」

私は這い蹲る儚の前に跪く。

「…魔が差してしまいました…非礼をお許し下さい…どうか…何なりと処罰を…」