ドリームビリーヴァー

「は?」

最初、沙希が何をいっているのかわからなかった。この時、まだ僕は沙希の話し方を知らなかったから、本当に困った。

意味のこもっていない言葉は、ある意味で恐怖に等しいんだから。

「だから、友達」

沙希はようやく右手を僕に差し伸べてきた。僕は黙ってそれを掴んで引き起こしてもらう。

「なんで?」

僕はこの時、けっこう憤慨していた。沙希にじゃなくて、自分に。

「口笛。私も吹けないんだよ」

「あ?ああ……そうなんだ」

「口笛吹けるって素敵だよね。憧れちゃうよ」

「そうかな?」僕はわざとらしく、欧米人がよくやる「わかりません」のポーズをとった。両手の掌を空にむけ、地面と水平にして肩をあげる、あれだ。

「なにそれ?」

「ん?そうだな……」

憤慨していた荒々しい感情が、大急ぎで奥に戻っていった。代わりに出てきたのは羞恥心だ。改めて聞かれると、これは非常に恥ずかしい。説明なんてできやしない。鼻で笑われるほうがマシだ。ずっと、ずっと。

「わかりませんよって……ことだよ」僕は呟く。

沙希は腕を組んで、首を左右に揺らして、考え込む。この時初めて見る、沙希の考えている姿だ。

それが終わると、沙希は大まじめな顔でいった。

「阿彦くんは、地面にわかりませんっていってたの?」