三国志疾風録

 そう言った関羽の顎髭を、若い方がいきなり引っ張り顔を己の目線に合わせた。

瞬間、

若者が殺されると張飛は確信した。

 「例え貴様が神でも悪魔でも将軍でも髭魔神でも気軽に生殺与奪を語るんじゃねーよ。誰もが生きる為に懸命なんだ。脅しだろうと本気だろうと命を安く語ってんじゃねー!」

 薄暗くなった山中でも分かるぐらいに、関羽の顔が紅潮した。
小刻みに震えてはいるが、それ以上は動かない動けない。

性格上、正論で攻められると弱いのは知っているが、それを踏まえても張飛には不思議な光景に思えた。

 「賊が偉そうに語るじゃないか。お前が絡んでる男は賊を喰らって生きてる鬼人だぜ」

 「女、私は賊なんかじゃねーから」

 「だったら何だよ」

 「んんん、私に聞いてるのか。この私が誰か聞いてるのか女? 私は劉備間違えた馬休だ。馬鹿も休み休み言え的で雑魚っぽいだろ。劉備ってのは違うから忘れろ」

 「馬鹿も休み休みに言うがよい。劉姓なら王家の血筋ではないのか」

 引っ張られていた髭を擦りながら言った関羽の声が、僅かに震えた。

 「そりゃ私が言った台詞だろーが。オウムかてめえの前世はオウムかよ。っと、いけな
い。奴等の合図が聞こえるな。早く逃げた方が身の為だぜ。私が荷車を引いて囮になるから。周倉が道案内してくれるから早く逃げな」

 周倉と言われた男が頷いた。されるがままに荷車を若者に託し、夢遊病者のようになっている関羽の様子を見て、張飛は舌打ちをした。

 「囮になったらお前が賊に殺されるぞ。賊の仲間じゃなければだがよ」

 「まーだ疑ってんのかよ。たかが二人、いや三人にんな面倒な事をするかよ。それに私には大志があるから、こんな場面で死なねーよ。剣を使わせても一騎当千とまではいかなくても当三ぐらいはいくぜパパー!」

 「百点!」

 関羽の採点に、それは違うだろうと張飛は思ったが、そもそも論点が違うのでツッコミは入れなかった。