どうして忘れていたんだろう、こんな大切な記憶。覚えていたら恢に出会った瞬間に気付けたのに。

「思い、出したのか……?」

恢が恐る恐るといった感じで尋ねてきた。

「思い出したよ、全部。お兄ちゃんに助けてもらったことも、お姉ちゃんに怪我の手当てをしてもらったことも」

二人に出会った日、うっかり尻尾を踏んで怒らせてしまった犬に追い掛けられて山奥へ迷いこみ、この庭園へたどり着いた。そこで恢が犬から助けてくれて、エリィさんに転んで出来た傷の手当てをしてもらった。おまけに美味しいお茶とお菓子もご馳走してくれたんだよね。
それから何度かこの庭を訪ねている。

今はこんなに鮮明に覚えているのに……。

「どうして今まで……」

「……狩人にはその家系の者だけに継承される術がある」

私の疑問に答えるように恢が重い口を開いた。

「エリィの家系は他人の記憶を操作できる術が継承されていて、最後に会った日にお前の記憶を消した」

「……」

自分の身に起こったことなのに、現実に起こったことなのに、信じられない。他人の記憶を消すなんて、そんなのが現実にあるなんて……。

それに、私の記憶を消さなきゃいけないほど、まずい出来事があったってこと?

「お前の記憶を消すことになる前の日、俺たちのもとに重大な知らせが入った。強力な吸血鬼が近隣の街に現れていると。だから少しでも危険から遠ざけるためにお前の記憶を消した」

「そんな……」

私を、守るため……?
そのために記憶を消したの?

「そんなの、望んでない。私の意思は……?私は、二人のこと忘れたくなかった!」

大好きな二人のこと、忘れたくなかったのに。
こんなに、近くにいたのに……。

「まだ小さなお前に、もうここへは近づくなと言ったところで無意味だっただろう」

「それは、そうかも、知れないけど……」

幼い子供に危険だから近づくなと言って聞かせたって、すぐに言い付けを破ってしまうかもしれない。だったら初めからこの場所を知らなければ……。

「お前の記憶を消した日、二体の吸血鬼が現れた」