優二と会わなくなって半年ほどの間、
私は何度か優二に電話をかけた事がある。

恐る恐る ボタンを押し、心のどこかで “出ないで”と、
恐怖に似た気持ちと闘いながら。

優二もこんな気持ちで電話をしていたのかと、
今更ながら切ない想いを自分自身に突き付けていた。


優二は私だと知っていて、わざと出なかったんでしょう。
一度も優二の声を聞く事はなかった。


冬弓との仕事も順調そうで、私は一度だけライブに出かけたけど、
いちばん後ろの席から拍手を送るだけだった。
かたわらに優二の姿を見つけ、慌てて身をかがめ気配を消した。


声をかけないことが、最低の礼儀だということくらい、
私にもわかっていたから。

二人の前で平静を装えるほど、今の私は輝きも、自信も、
そして愛される資格さえもないように思えた。


この半年の間に優二はどんな暮らしをしていたの?


「ビアノ教師で、仕事で知りあってさ、初めはただの友達だったんだ。 
だけど子供ができて、たくさん将来の話をしたり、二人の事を考えたりして
結婚しようって決めたんだ。

愛されている事がわかるから。

マリエの事も話したよ。

僕の”希望“だったって。
大好きな人だったって。

だけど、マリエは僕じゃだめだったよね。
マリエには報告しておかないと、いけないと思って」

言葉の代わりに、熱いものが頬を伝う。


”おめでとう“

なんて言わない。
そんなこと言えるはずがない。


「冬弓さんの担当も終わるんだ。
今度は新人のバンド。

マリエ、知ってた?
冬弓さんね 結婚したよ。
イタリア人のモデルさんで、凄く綺麗な人だよ」


みんな 私を置いて、知らない所へ行ってしまう。

地を這うような重い息づかいだけが、永遠に続くように感じられた。

優二、待ちこがれた電話なのに、本当に最後なんだね。