こういうタイミングにつまらない嘘を言っても、きっと優二はうなずくだけで、
けっして責める事はしないだろう。

「いつから待っていたの?」

「少し前だよ」


私が冬弓のもとへ走った道を、優二も同じ様に、
私のもとへ、車を走らせたというの?

暗闇の中で、蒼い空を仰いで、星さえ見えない夜を、ひとりで越えたというの?



「今日は仕事でしょう?」

「そう」

慎重に言葉を選んで、優二が口を開く。



それはまるで優二が取り返しのつかない悪事でもしたかのような、
朝露に消え入るようなかぼそい声だった。


不思議と私は落ち着き、さっきまでの出来事が、
優二の姿によって全て打ち消されたような錯覚に、いらだちさえ感じていた。

理屈の合わない感情が次々に溢れだした。


「何?」

自分でも驚くほど冷めた声で優二に問う。


こんな身勝手な私を、優二、それでも見つめていられるのはなぜ?

哀しそうな瞳が私を見つめ返し、優二は答えた。

「心配したよ。よかった…」


それが答え?


自分の罪を忘れ、ひどい言葉を投げつけ、優二と冬弓を比べている。


もしも神様がいて、人がみな平等の幸福を与えられているとして、
それは時に残酷な裏切りをもたらし、
つじつまの合わない理由付けで不平等な格差を示す。


神の領域に及ばない隙間をぬって、危うい罪が生まれる。

優二
気付いているんでしょう?


背伸びしすぎた少し先に見えるものを、
私が追いかけてしまった事を。


深い傷口に触れず、痛みをこらえて行けるほどの力を、
優二は抱えているの。


仕事へ向かう人々の朝の景色が、私を現実に引き戻す。

優二
昨日と違う一日が始まるよ。

昨日と違う私がいる。