「そんなこと言われたの初めてよ」

白いレースの縁取りのハンカチで、丁寧に水気を拭き取り、彼女はトイレを後にした。




ねぇ…嵐とはキスしたの?

嵐は何て囁くの…?

嵐の手は温かい?

ねぇ…嵐は…

嵐は…





私も嵐が好きなのよ…。





二人の姿なんて想像するもんじゃない。

好きだと気付いた時には、もう彼女がいた。

それは仕方ない。
どうしようもない。


なのに、千里の言葉が渦を巻く。

彼女と付き合う前に、私が告白していたら、私が隣にいれたの?


勇気を出して想いをぶつけたら、ちゃんと砕けきれたの?


気持ちを持て余し、決着がつかず、募るばかりの想いは、酸素を薄くする。



フラれても、答えが出る方が楽だ。


嵐の先を見ることができるから。



今、私のいる場所は、右も左も後ろも前も、足の着く場所はない。


断崖絶壁。


戻れない。
進めない。

嵐を知らないことには、できない。


嵐を好きじゃない自分には、戻れない。