おみやげ

 階段を駆け下りると、一階のリビングでソファーに座る母の姿が目に入った。私は母めがけて走り寄る。母はそれに気づいて、俯き加減になっていた顔を上げた。酷く驚いたような表情をしていた。
 ――若い
 母の顔は、私の頭の中にある母よりかなり若く見えた。勿論この母の顔も、よく覚えてはいるのだが。すると、やはりここは――
『雪乃、行く気になったの?』
 私が、「今はいつ?」なんて間抜けな質問をする前に、母が先に口を開いた。わたしはつい、
「どこに?」
 と咄嗟に答えてしまう。
 すぐに、しまった、と思った。
 母の顔は見る見るうちにダークグレーの色を帯びて、歯を食いしばるように、目を細めながら私の顔をねめつけた。久しく見ることのなかった、母の怒った時の表情だった。
『どこにって……。もう、いいわ。もう知りません。………あんなに、いつもいつも着いて回って、楽しそうにしていたのに………』
 そう独り言のように呟くと、母はソファーに体重を預け、深く目を瞑った。こうなった母には、何を言っても無駄だった。
 困った。
 訊けば分かると、安直にそう思っていたのに。考えてみれば、今はいつ? なんて人に訊ねるほどおかしなことはない。それにこの状況では、それを抜きにしたところで、もう到底不可能だ。
 私は少しの間、その場に立ち竦む。
 そうだ
 カレンダーを見れば良いんだ。
 母は生真面目な性格で、毎年新しいカレンダーを購入し、毎月しっかりとページを新しくするだけでなく、一日の終わり、その日の日付に×印を書き込んでいた。私の知る限り、その母の習慣は一日たりとも崩れることはなかった。
 私はダダっとカレンダーの設置されている冷蔵庫横へと移動し、最後の×印が付けられているところの次の日付を確認した。
 23。1994年、12月、23日。
 
 ああ

 雷が身体を突き抜けたような感覚だった。それまでの不可思議な数々の違和感が、急に一本の線に繋がった気がした。
 私の涙。机の上のキーホルダー。母の言動――。

 あの日だったのか