相変わらず,周りはバタバタしている。
どうやら私の採血が出来ない事が,問題らしい。
「右手,駄目だって。」
「じゃあ,どうしよう。」
「何か,先生が来てくれるみたい。何だっけな…上…上…?」
「尾上先生?」
「そう!!その先生!!」
「尾上先生大丈夫なのかな?!」
「結構強引だからねぇ…さっきも右手駄目だって,あの先生が言ってたから……」
看護士さんの話のやりとりがうっすらと,聞こえる。
でもこれはしっかり,聞こえた。
『尾上先生』って。
あいつが来るのは嫌っ!!
嫌だっ!!
でもそんな事を言えるはずもない。
言える余裕もない。
「何?他に先生いないの?ベテランの。」
甘い,聞き覚えのある声が上から降ってきた。
目をつぶっていても,分かる。
あいつだ。
尾上大輔だ。
この,憎くも夢中にさせられてしまう甘~い声の持ち主。
性格は悪い。
しかも表情一つ変えない冷徹人間。
私はこんなタイプの人間なんか,嫌いなはずなのに…
ねぇ,どうして…?
ねぇ,どうしてあなたの声を聞くだけで,
気配を感じるだけで,
こんなに胸が高鳴るんだろう…
ねぇ。教えてよ…
「今から少し足の根元で採血しますから,痛いかもしれないですけど我慢,して下さい。」
再び降ってきた甘い,声が,ふらふらする私の頭を,さらに,揺さぶる。
「じゃあ,これで。」
無事採血が出来たようで,やつの去っていく足音が聞こえ,遠くへ消えていった。
私の意識もそれに伴い,また,遠くなった。


