「ばぁか、八月は別なんだよ。
夏の俺を知らないだろお前まだ。俺は夏の美香ちゃんに早く逢いたいなぁ。
水着買ってやるからな、思いっきり色っぽいやつ」
 いつになく陽気な翔太のおしゃべりに、半ば上の空で相槌をうちながら、
八月の自分の姿を思う。
 
 目の前の男に対して執着心が全くないと言えば嘘になる。
でもそれは、どうしようもなく心の奥から湧き上がってくるものでも、
決してなかった。
 
 あの手術から一年半・・この子が帰ってきてくれたあの子ならば、
どうしてこの男と引き換えになんてできるだろう。
テーブルの下で左手をお腹に当てながらそう思った途端、
そんなことを考えた自分に少し笑いそうにもなる。
帰ってきてくれたなんて・・そんな訳がない。
あの子はズタズタに切り刻まれてどこか知らない所へやられてしまった。
 今ここに確かに存在するのは全く別の生き物だ。
でも美香はあの日から封じ込めてきた感情が、再び蘇ってくるのを感じていた。
その根拠は今なお解らぬままに。
なぜ自分はこれほどまでに子どもを生むことに執着するのだろう。
ちゃんと人を愛することもできないくせに・・・。