指名がない店でも、いつも付くことになる客というのは、
自然にある程度は決まってくる。
「なんで電話してこないんだよ」
お絞りを差し出す美香に顔を向けずに男は呟く。
「ごめんね。だって仕事中だと悪いと思って」
美香は水割りを作り終えてから男をそっと見上げる。

 自分にこの仕事が向いていないと自覚するのはこういう時だ。
寂しさを紛らわすとかやけを起こすとか、そんなもっともらしい理由は何もない。
ただなんとなく、そういう状況さえ整えば、男と肌を合わせてきた。
目の前の男とは仕事上がりに四・五回会った。
 この男のずるいところやくだらないところ、
自分に似ていると感じるすべてを美香は好もしく思っていた。
例えば、何度も寝ていながら一度も二人で食事をしたことがない事であったり、
無意識のうちにいつもつい、
お互いのことを愛している振りをしてしまうところであったり。
美香にとってそれは心地好い親近感を抱かせるものであり、
しかし果てしなく愛情とは遠いものだった。