秋の夕暮れは少し肌寒くなってきた。美香は半袖からでた腕を擦った。トラットリアのドアは見た目より重かった。「いらっしゃいませ」奥の窓際に彼はもう座っていた。
「久しぶりね。遅くなってごめんね」言いながら美香は正面に座った。「美香に待たされるのは慣れてるよ」高谷は笑った。
「ひどくない?」美香は笑いながら彼をチェックした。ノータイだが、めずらしく仕立てのよさそうなスーツを着ている。仕事帰りだろう。「それディオールでしょ。高谷さん最近おしゃれになってるよね」
「俺の職場は女の子が多いだろ。きれいにしてないと嫌われるからね」と高谷は照れ笑いした。
高谷はウエイターにコース料理を頼んだ。「美香、香菜だめだろ。魚の香菜ソテー変えてもらったから」
「よく私の好き嫌い覚えてくれてたね」
「そりゃそうさ。もう何年の付き合いになる?」
「えーと」美香は上を向いて考えた。「十年ぐらいかな」
「あの頃の美香はかわいかったな」高谷はしみじみと言った。
「今もでしょ?」美香はむきになって言い返した。