「ねえ、本当なのかね?郁ちゃんと春瀬の噂」


休憩時間。
トイレで手を洗う私。ふと、隣に入って来た子達の会話に、思わず聞き耳をたてた。


先生の噂……?


「ああ、付き合ってるってやつ?信じたくないけど、春瀬の車に乗るとこ見たって朋美が言ってたからね」

「保健室でキスしてたって話も聞いた事あるし、あたしショックで寝込みそう!」





……ウソ……そんな訳ないよね?

先生が春瀬先生と……なんて……。


異様な不安を感じつつ、私は静かに席に腰を下ろした。何度も彼女達の言葉が駆け巡っては、病院での先生を重ね合わせた。

でも、どうしても自分の気持ちに自信が持てない。確かに私は、最近の先生を知らないから……。


「朋美?あの……」

突然の起立の号令に遮られ、私は慌てて立ち上がる。
すると、教室に入って来たのは浅利先生だった。次は数学の時間。

先生は、石田先生が休みだと説明すると、数学のプリントを、回すようにと前列に渡した。

長い夢でも見ていたのかな?

先生の様子はなんら変わらない。それはいい意味でもあるけれど、特別だと思っていた私には、かなりのショックだった。

プリントに目をやるけれど、何にも考えられなくて、私の視線はただぼーっと宙をさ迷っている。

すると、途端に先生が席を離れ、こちらに歩いて来た。

私は緊張のあまり思わず下を向いた。



ドキドキと、鼓動が鳴り響く。



退院の事、直接言ってなかったし、きっと何か言われる……


「先生……あの……」



―――けれど




彼は私の横をゆっくりと過ぎていく。



悲しい程……何事もなく。
いや、むしろ―――



「今……目……逸らした……?」

「緋乃?大丈夫かよ?顔真っ青だぞ?」

大輔が心配そうに眉を寄せる。




私の中で何かが崩れた気がした。


「あ、おい!緋乃!?」