十一月一日、春香二十三歳の誕生日

朝からお母さんと二人、ケーキを焼いたり、ちらし寿司を作ったりして、元気一杯だった。無理するなよ。プレゼントには、小さなダイヤの入ったペアリングを用意した。目を瞑らせ、左薬指にはめてやると、周囲からは拍手が起こり、春香は大粒の涙を流して喜んだ。歓喜の涙ならば、いくらでも流して欲しかった。
「そういえば、なんで秋の産まれなのに、春香って名前なの?」
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。答えてくれたのはお母さんだった。
「それはね、この子の産まれた日が、とても暖かい日だったの。天気予報でも、今日は一日春の様な陽気に恵まれます、そう放送していたくらい。街の人々はみんな上着を腕に下げて、半袖で歩いていて、紅葉しかけた木々だけが、秋の模様をしていたわ。それでお父さんが、この子が春の香りを運んできたんだ、そう言って、春香になったの。勿論それだけが理由じゃないわよ。いつでもどんな時でも、春の香りの様に優しい心を持った子に育って欲しい、そういう私達の祈りがこもっているの」
春香はもう何度も聞きました、といった顔をしていた。
「おかげさまで、幼稚園の頃から今日までの二十二年間、同じ質問を何度されたことか」
両親の願いは見事に叶ったな。来年の今日が、二十二年前のそれと同じように、穏やかな一日であることを祈った。