子供好きの東宮様は、実に十一年ぶりの御子の誕生を大いに喜び、その女御を大切に重々しく扱われました。 ゆくゆくは国母となられる方として不都合の無いようになさったのです。 その女御は、御子を産み奉った妃の敬称である、「御息所」と呼ばれるようになりました。 それは私にとって、身を切られるような苦痛でした。 太政大臣の娘である私が、他の女と同列に並べられたのです。 ―…宮家なんて、朝廷の援助が無ければ没落するしかないくせに…。 雨風に当てられぬように育てられた私が初めて抱いた、憎悪でした。