そして私が五十三歳の時、微熱と食欲不振が続いた。 もう我が身も終わりなのかと思い、東宮尚仁への譲位を決意した。 天皇の身で死ねば、あまりに騒ぎになるだろうと思い… 尚仁も当時二十六歳で、立派な男に育ってくれていた。