加藤清正――。
彼や朱理さんが言うように勇ましい武将として歴史に名を残す人。
大きいって彼は言うけど、それも本で読んだことがある。
読んだ本には清正の身長は191センチと書いてあった。
当時の男子の平均身長は160センチと言われているから清正の身長は三成の言うように大きいのだろう。
三成は156センチと伝えられているが実際の三成は私よりも大きい。
ちなみに私は現代では小さいと言われる身長で156センチと彼の書物での身長と同じ高さだ。
平均身長から考えると三成は決して小さいわけではない。
清正は本当に三成を馬鹿にしていたのかな?
武こそが全てだなんて思っていたのかな?
頭だけの優男だなんて本当に言っていたのかな?
清正は正則とは違って三成のように頭もキレる人だと本には書いてある。
感情で流されたりしない人だという印象があるんだ。
逆に
福島正則――。
この人はどちらかといえば、気持ちで動く人だという印象があるんだ。
そう考えると清正を主に考えた方がいいのかもしれない。
三成と清正が決定的に溝を深めることになるのは、まだまだ先の文禄元年(1592年)から始まった文禄慶長の役だと言われている。
疲れ果てた無駄な戦、秀吉政権においての汚点と上げられる朝鮮出兵の時に清正と三成は意見が合わずに対立したと書いてある。
同じ秀吉の子飼いとして小姓から仕えてきた三成、清正、正則なのに三成は彼らとわかり合えずにいたことを悲しく思っているのだろうか。
みんなが豊臣を想う気持ちは同じはずなのに理解し合えないなんて寂しすぎる。
三成が言うように彼の体が清正らより小さく、武功をたてることが出来ない事が強く関係しているのだろうか。
三成も少なからず体の大きさではコンプレックスを持っているように感じる。
槍働きだけが全てではないと、それぞれの役割を果たせば補い合って生きていけるのだとわかってもらいたい。


