私は関ヶ原の合戦に至るまでの確執は武断派と文献派の争いが問題になるはずだと言うことを大まかに話すことにした。
武断派の代表として有名なのは、加藤清正や福島正則。
慶長4年の1599年にはその二将に加えて黒田長政、細川忠興、浅野幸長、池田輝政、加藤嘉明ら七将の襲撃を三成が受ける事件も発生する。
「宴についてですが大規模なものではなく少数での食事会っていうのはダメなのですか?」
私の言葉に左近さんはニンマリと笑った。
賤ヶ岳で武功を上げたとされる武断派の中心二人、清正と正則にまずは逢いたい。
「急な思いつきなので紫衣の言うとおり小さな宴の方が助かるな。」
私ではなく朱理さんに話しかけた左近さん。
朱理さんはニコリと左近さんに微笑むと部屋から出ていった。
不自然な二人のやりとりにポカンとしている私に左近さんは声を掛けた。
「深読みはせんでいい、誰を招待すればいいんだ?」
きっと大きな宴を催す予定だったのだろう。
朱理さんは内輪の小さな宴になることを準備している人達に伝えに行ったに違いない。
「あのッ!!
宴というのが私にはよくわからなくて…」
申し訳ない気持ちから言い訳じみた言葉を口にしてしまった。


