武功夜話は前野家に伝わる史料、前野長康の日記「五宗記」に基づいて書かれ、出版された本だといわれている。
この本を見つけた時はとても嬉しかった。
前野長康という人物は関白秀次の側近だった人。
彼も秀次が切腹した後同じように切腹を命じられその命は散った。
その長康が残した日記には通説とは全く違う三成の姿が書いてあったんだ。
秀次を疎んじ始めた秀吉と淀殿、その事態を重く見て収拾を図ろうとしていたと書いてあったんだ。
事態が悪化した頃三成は薩摩の検地など、地方にいたため事を収めきることが出来ず秀次は切腹させられてしまった。
長康の娘婿と伝えられている前野兵庫忠康は秀次切腹の後、三成に仕えている。
前野兵庫忠康は秀次の家臣、もしも三成が秀次を失脚させたのなら前野兵庫忠康が三成に仕えるはずはない。
前野兵庫忠康とは石田三成家臣の中に名前を残す立派な人だ。
舞兵庫と言われ、関ヶ原にも参戦している。
この史料には通説として伝わる権勢家三成とは全く違う三成の姿が書かれている。
どちらの三成が正しいのかは読む人の感情一つなのだろう。
だけど私は三成を悪人だと思ったことは一度もなかった。
まさか本当の三成に逢えるなんて夢にも思っていなかった頃の私は今、目の前ですやすやと寝息を立てる三成の姿をそのまま想像していた。
関ヶ原まで、いいえ太閤秀吉が亡くなるまでに彼を支えなければいけない。
私に出来ることは関ヶ原での勝利。
本当は関ヶ原での戦なんてなくなってしまえばいい。
豊臣政権でも徳川政権でも私はどちらでもかまわないんだ。
彼を失いたくないだけ。
だから彼を否定されるような史実を全て塗り替えていきたいんだ。
そして人望厚いと人が集まるような、そんな存在になって欲しい。
そうなればもしも関ヶ原の戦がおきても彼を裏切る人は少なくなるだろう。


