「精が出るな、皆瀬」



「あ…安原隊長」


くつくつと笑う男性…安原葵。


階級は隊長。「空」を統べる航空隊、つまりはすばる直属の上司だ。

緊張せずに居られるわけもなく、すばるは思わず肩を震わせた。デッキブラシを握りなおして敬礼した。


「あ、あの!隊長!…き、昨日の任務の時は、あ、ああ、ありがとうございましたッ!!」

言葉の端々に緊張を漂わせ、吐き出すように言うすばる。


安原は少し驚いた表情を見せた。



「……そ、その…あたしは、」


「あー、皆瀬…少し待ってくれないか」


すたすたと入ってくる安原が、すばるの言葉を遮った。

目に映る大きく、角張った大人の男の背中に、思わず視線が行ってしまう。


「………!」



だめだめだめ、掃除しなきゃ!



言い聞かせ、余計な感情を取り払おうとする


のに。



「なぁ、皆瀬……?」

背中にぶつかる優しい声。低い音が、じわりと耳に沈んでくる。

「……は…い」



心臓が踊る。
上手く声が出ない。



「……あー……皆瀬」

こっそり安原を見上げれば、なんだか赤い顔をしていて。自分まで、感化されて赤くなるのがわかった。

理由はわからない、でも────

安原が自分を呼ぶ、そのことがすばるに何か影響していることは確かだ。



「出ていってはもらえないだろうか?」




だから、すばるはこの言葉に間抜けな声でもって返事をしてしまった。