「――ひとつ、昔話をしようか」

 ディーネが出した紅茶を囲んで四人で座ってから、ファネリッジが言った。

 穏やかな声だった。

「お前は、私が十九の時に生まれた」

 二十歳になったばかりの息子を視界の中心に入れながら、懐かしむように、

「私は家出の最中だった。下級貴族の出身だった母さんとの結婚を、母上――つまりは、お前のばあさまにだが、反対されてな。

 母上は聡明だったが頭の固い王だった。王家から逃げ出した私は身分を捨て辺境でこっそりと、だが幸せに暮らしていた。

 しかし幸せも長くは続かなかった。母さんがお前を生んだ直後に病にかかってな。私は母さんを失うことを恐れた。

 母さんは、私とこの子がいればそれでいいと……そう言っていたんだ。だが、私はどうしても母さんに生きていて欲しかった。

 そして……母上を頼ってしまった。

 正直言って、甘えがあった。孫がいるのだから、孫可愛さに母さんとの仲を認めてくれるのではないかと……そんな幻想を抱いていた。すぐに打ちのめされたがね。

 母上は私を王家に閉じ込め、お前をレクセア家に預け、母さんを適当な有力貴族の屋敷に閉じ込めた。

 ……死に目にもあわせてもらえなかった。葬式にも立ち会えなかった。
 母さんが苦しんでいる間も、息を引き取った後も、私はこの西塔に軟禁されていた。時々、ディーネがお前を連れてきてくれたことが唯一の救いだった。

 私が二十四のとき、母上が亡くなった。王位を継いで母上から自由になった私は、すぐさま母さんが埋葬されている墓を訪れた。

 小さな、粗末な墓標の前で私はうなだれた。母さんの言葉通りにしていればと思った。

 母さんの遺品など何も残っていなかったが――母上が処分するように命令したらしい――母さんを看取った次女がこっそりと指輪を返してくれた。私が贈った指輪だ。

 駆け落ちしてから王家との決別を誓って、王家の紋章を刻んでいないものを贈ったんだ。

 ……その決意が後の私に残っていたらと、今でも思う」

 そう言って顔を上げたファネリッジの視線は、息子ではなく彼女の左手に注がれていた。

 彼女以外は知っていた話だった。ただ、王自身の口から出たのは、ジョシアたちにとってはこれが初めてだ。