「なんだ、お前の部屋じゃないのか」

 先頭を歩くジョシアが自分の部屋の前を素通りすると、ディオが不満げに呟いた。

「当たり前だ!」
 言いつつも隣の部屋だった。

「入るぞ」
 ノックし、開ける。

「……ほう。なかなか可愛らしいのを選んできたな」

「……ただいま。淋しかった?」
 父親の野次を無視し、彼女の髪を撫でると額に軽く口づけする。

 にっこりと微笑む彼女。

 確かに美人というよりは可愛いという部類に入るだろう。

 間に合わせのドレスにも拘わらず、黒い、やや癖のある長髪が溶け込むように似合っている。青い双眸は無邪気な笑顔とあいまって、見る者を安心させるような雰囲気があった。

「お嬢さん、いきなりこんな所に連れて来られてお困りでしょう。ご自宅はどこですか? 不肖ながら私めが、あなたを故郷へと送り返して差し上げます」

 だが、反応はない。

 一瞬の沈黙の後、コレニア近辺でよく使われている東方語で言い直す。反応がない。

「……俺も試したんだ。船の中で散々」

 一般言語はネタが尽きて、マイナーな民族言語や神聖言語まで使い出したディオに、後ろから言うジョシア。

 ディオは暫くしてからふと思いついたように、

「ジョシア、お前、この人の声を聞いたことあるか?」

「……いや、一度も」

「もしかして……耳が聞こえないか声が出せないか、若しくはその両方なんじゃないか?」

「あら、お耳は聞こえてますよ」
 ディーネが言う。

「後ろから声をおかけしたら、振り向かれますもの。お声が出ない……それは有り得るかもしれませんけど」

「そうか……生まれつき声が出ないか……奴隷商人に怖い目に遭わされて声が出なくなったか……そんなところか」