シュリがエステルと攻防戦を繰り広げていた頃、怒りに震えながら、その場を後にする人物があった。


「クソッ! どいつもこいつも我を愚弄しおって! 怒りではらわたが煮え繰り返るわっ!!」


シュリに体よくあしらわれた、リスノー伯その人である。

リスノー伯は、辺りに言葉の毒を撒き散らしながら、花園に繋がるテラスへと出た。

悔しくてたまらない。

どうにかして一矢を報いたい。

『特に……あの魔術師には……』


「クソッ!!」


テラスの手摺りを、拳で叩いて悔しがるリスノー伯に、近付く者があった。

夜の闇よりなお深い、影を纏って近付くそれに、リスノー伯は気付きもしない。

いや、

気付け無いのか。

それは正に、『嫌悪』の塊。

人は無意識に逸れを嫌い、畏怖する。

生理的に受け付けないであろう闇が、リスノー伯を端から追い詰める。

彼が、周りのただならぬ様子に、気が付いた時にはもう遅い。


【お前の願い、我がその闇と引き換えに叶えてやろう……さあ我と一つに……】


深い海の底から這い上がる様な声が耳元で唸る。

驚いて振り返る。

だが、リスノー伯は何の抵抗も出来ぬまま、闇よりなお深い影に一息で飲み込まれた。

悲鳴すら上げる事も出来ず、リスノー伯は絶命した。




リスノー伯が飲み込まれた場所には、一人の男が立っていた。


「ふむ。思っていた以上に使えるか。この身体。漸く形になったか。時空間を越えるのも一苦労だな」


キョロキョロと辺りを見回すのは、リスノー伯とは似ても似つかぬ男。

目の覚める様な銀髪に、妖艶と言う言葉が実に合う美貌の青年。


「ハハッ! 我はなんと幸運か! あのお方の気配がするわ」


ペロッと赤い舌で唇を舐める。

その舌の異様な長さに、やはり、青年が人を象っただけの、別物だと知れる。

彼は、にんまりと不自然な笑顔を口元に貼付けると、雑多な音で溢れかえるホールへと歩み出した。




一応、攻防戦は引き分けで終わったシュリ達は、銘々パーティーを楽しんでいた。