「お前がそんな気弱になるとはね……いつも前向きで、押しが強く信念を持って進むお前が……」


シュリはそこまで言って口をつぐむ。

イシスの不安げな眼差しは、変わる事無くシュリの視線と絡んで。

シュリは、初めて彼女に処世術では無い微笑みを見せた。

ぎこちない、まだまだ堅い彼の微笑み。

当然と言えば当然か。

感情を何処かに置き忘れた、機械仕掛けの人形の様な彼だ。

笑みを見せようと言う行為事態が、イシスの導き出した奇跡だった。


「迷惑はしてない。お前となら、無くした何かを、取り戻せるかも知れないな」


シュリの言葉が、イシスの涙と笑顔を引き出す。

天使の微笑み。

否、女神の微笑みだ。

シュリの目が、眩しげに細められたのは、気のせいか。

イシスの細腕が、シュリの首に絡みついて、ぎゅっと彼に抱き付く。


「俺が、お前の時を奪っても良いのか?」

「心はもう既に、貴方に奪われています。なら、貴方と共に有る為に、私の時も奪って下さい」


イシスの思いは、頑なな程強い。

それが彼女の強み。

シュリが息をのむ。


「負けたよ……。イシス。俺は君を愛する。きっと永遠に。永いぞ。覚悟は有るか?」

「勿論です。その覚悟が無ければ、貴方の力を受けてはいないでしょう」

間髪入れずに返るイシスの返事に、シュリは「そうだな」と、呟いて彼女を抱きしめ返した。


「これで、全ては丸く治まったのかな?」


こっそり、小さな声で呟く人物がひとり。

この事件の原因にして、二人を繋ぎ留めた人物。

如月漣、その人だった。


彼の囁きが、抱きしめたままで、イシスの首筋に顔を埋めた、シュリの目線を上げさせる。


射殺す様な殺気を含むシュリの視線が、有無を言わさぬ勢いで『帰れ』と訴える。

だが漣は飄々として、気にも止めなかった。


「そんな怖い顔しないでよシュリ〜」


場違いと言える漣の声。


「これ以上、此処に留まる理由が何処に有る」


飄々とした声に返したシュリの声は、頑なな程、感情の欠片も無かった。