「だから、過ぎた物だと?」

「はい……」


イシスの言葉に、漣が黙り込む。

何かを考える様に、顎に手を添えて。

そして、何か大切な事を決心したのか、納得したように頷くと、改まってイシスを見た。


「イシスちゃんの見解を踏まえて、お願いが有る」


真摯に、かつ、澱みの無い漣の声が、部屋に響く。

彼の緊張が、辺りに連鎖して、空気が張り詰めた。

イシスまでが、過ぎた緊張を強いられて。

ようやく、漣が本題を切り出した。


「単刀直入に言うよ。イシスちゃん、君、シュリと同じ時間を生きたくは無いかい? 勿論、ムリにとは言わない。拒否権は、君に有る」


唐突な。

本当に唐突過ぎる、漣の申し出。

イシスの表情に、困惑が浮かぶ。

シュリを好きなイシスなら、間髪入れずに肯定の言葉が告げられると、正直、思わない訳では無かった。

否、是と、高を括っていた。

だが、彼女の見せた物は困惑だった。

今度は、漣が慌てた。


「悪かったね。イシスちゃん。やはり、唐突過ぎたね。この話は無かった事にしよう。忘れてくれていいから……ね」


そう言って、ぎこちなく笑う漣に、イシスは弾かれた様に、俯き加減だった顔を上げた。


「違います! 違うの……私……」


勢いよく叫ぶ声が、しまいには、か細い物に変わる。

そんなイシスの肩に手を置くと、漣は彼女の顔を覗き込み、優しい笑顔を見せて言った。


「何が違うのかな? 話してくれるかぃ?」


漣の言葉に顔を上げ、彼を見つめるイシスは、目を伏せると、ぽつりぽつりと話し出した。


「私は、シュリさまが好きです。でも、あの方の心が解りません。私、命有る限り、あの方の側に居たいと……居ようと考えていました。少しでも安らぎになれればと……」

「イシスちゃん……」

「シュリさまの重荷には、成りたくは無いのです。私が、時間を共にして良いのか……」


訴えに近い、イシスの叫び。

何時も、自信有り気に胸を張っていた彼女。

そんなイシスの、初めて口にする弱さ。

漣は、イシスをそっと抱き寄せると、ぽんぽんと頭を撫でた。