祐樹は久しぶりのマウンドを踏みしめていた。丁寧に足場を作る。

「国崎君、サインなんだけど」

 平松が投球練習の前にサインの事を話そうとマウンドにやって来た。

「いらねぇよ。ミットを構えたらそこから動かすな」
「え?」
「構えた所に投げるから後ろに逸らさない事だけ考えるんだ」

 祐樹は自信ありげにそれだけ言うと、もう戻れと手を振った。
 平松は守備位置に戻るとミットを構えた。……まずは外角低め。
 祐樹は振りかぶって投げた。ボールは針の穴をも通すかのような正確さでミットの中に吸い込まれていった。

(すごい……。ミット、全く動かしてないのに。それに一球受けただけで、こんなに手が痺れるなんて)

 投球練習も終わり、試合再開。
 祐樹は平松が構えたところに何の狂いも無く投げ込んでゆく。バッターは完全に振り遅れ、かする事さえ出来ない。

「すごいすごいっ! バットに全く当たらない!」

 唯華も興奮した様子で応援を再開した。ベンチのチームメイトも口々に祐樹の球を褒め称えている。

「ストライク! バッターアウト!」

 三者三振。結局この回祐樹の球は触れられる事さえ無かった。

「すごいよ国崎君! 皆、完全に振り遅れてる」
  
 ベンチに戻ると平松が祐樹に話しかけてきた。祐樹はそうだなと相槌を打ち唯華からドリンクを受け取った。

「ホントにすごいです! 三者三振なんてっ!」

 ドリンクを渡した唯華が興奮した様子で祐樹に言った。祐樹はそれを聞いてため息をついた。

「あのな、どれだけ三振とったって点にはならないんだよ。後三回で九点取らなきゃいけないんだ」
「お前、勝つ気でいんのかよっ?」
 
 祐樹の言葉に遊佐が驚いた顔で言った。

「当たり前だろ。知ってるか? 野球は九回ツーアウトから逆転出来るんだぜ?」

 そう言った祐樹を全員がぽかんと見つめていた。